傾国

STAGE 11 / Between the lines

どっか行ってよ

 ナリタ攻防戦は痛み分けとなったが、しかし、狭い目で見ればそれはイレヴン、日本側の勝利だった。
 戻ってきたゼロは戦死者を悼み、即座に撤退するため埋葬は無理であると前置きして、皆に黙祷させた。次には残った者たちを労り、叱咤して、散会させた。彼らしい、無駄のない終戦だった。興奮を適度に冷まされた騎士団のメンバーたちは、戦闘終了直後には打ち上げだと騒いでいたことを忘れ、粛々と散っていった。
 カレンは、新入りたちがほぼ姿を消したころ、慎重にゼロに尋ねた。
「ゼロ…本当に、遺体は放置するんですか?」
「仕方ない。おそらく日本解放戦線が、それなりの処遇をしてくれるだろう。彼らは義理堅い。そうしたいのなら、いずれ、参ることもできる。戦争に、生き残れば」
 そう言われると、カレンは引き下がるしかない。
 もともと、それが一番、訊きたかったことではなかった。馬が地面を掻くようなぎこちなさでためらってから、カレンは意を決した。
「あの、あの人は?」
 ゼロの答えは端的だった。
「帰った」
 ――どこへ?
 喉を突き上げる疑問を、カレンは必死に飲み込んだ。
「紅蓮弐式の修理は、最優先で行おう。君がエースであることは、変わらない」
 彼女の様子をなんと取ったのか、ゼロは見当違いのことを言った。機械的に頷く。
「はい」
 いつにない彼女の様子に、彼は珍しく、困っているような雰囲気を見せた。しかし結局、それ以上の言葉は口にせず、踵を返した。
「帰るんですか?」
「ああ」
 いつもはないその問いに、不意を突かれたゼロは訝しげな音を乗せる。
 カレンは、すべてを押さえ込んで、一礼した。ゼロはそれを辞去の挨拶と受け取り、滑稽なほど優雅にマントを翻し、去っていった。暗闇に輪郭が消える。
「どこへ…」
 遅れてきた言葉が、むなしく床に転がる。彼がどこへ帰るのか、誰も知らないのだ。――誰も、知らなかったのに。
 ふと、気配を感じた。カレンが振り返ると、玉城がおもしろそうな目で彼女を見ていた。そこには、興奮を無理に押さえつけられた狂暴さがあったが、カレンは彼に恐怖を感じることはなかった。
 この男は、ただの不良だ。いざとなれば、彼を完膚無きまでに叩きのめすことは、彼女には難しくない。それに最終的には、玉城はカレンに、引いては扇や他のメンバーたちに嫌われることを恐れている。他に行き場がないからだし、もしかしたら、ある種の情もあるのかもしれない。
 打ち上げという言葉にもっとも浮かれていたのは玉城だ。それをゼロに止められて、高ぶったボルテージを発散するやり場をなくし、その八つ当たりに、ゼロの「お気に入り」であるカレンに絡もうとしているのだろう。
 奥のドア付近に、扇の姿が見えた。彼は自室に引き上げたいのだろうが、玉城とカレンを二人だけにするのもどうかと思うのか、所在なげに立ちつくしている。彼がいれば、どちらかがやりすぎても、どうにか収まるだろう。
「カレンおまえ、随分ゼロにでれでれしてんなァ」
 カレンはつとめて苛立ちを隠したまま、その言葉に応じた。
「しちゃ悪いのか」
「おおい、本気かよっ?」
 玉城は唇の端が切れそうなほど大きく口を開けた。声が裏返っている。
「ゼロなんて、ダサいし、ナルシストだし、性格悪いし」
 それはおまえのことだろ、という考えを、カレンは胸の内にしまう。
 反応を返さない彼女に、玉城は物足りないのか、まだ言い募った。
「おまえ、機嫌悪いな。大勝利だったじゃねえかよ、カリカリして水差すなよ。後輩たちが怯えてただろー、ただでさえおまえ仲間内一のゼロの贔屓だって、怖がられたり馬鹿にされたりしてんのに。ゼロになんか懐くなよ」
 頭皮がぴりぴりと痛む。皮膚一枚の下が暑くて、何かが暴れ出しているようだ。胃は重くて、何か嫌なものが詰め込まれている。
「おい、カレンよぉ」
「うるさいなあ、そんなんじゃない。どっか行って」
 仲間なんて。贔屓だなんて。
 大事な仲間。白い雪。うつくしいという言葉、好きという言葉。知らない話。
 私たちは、
 私は、
 訊きたい気持ちなんて
「どっか行ってよ!」