声を掛けるよりも前に、ルックは振り返った。その頬を濡らすものにぎょっとして、セオは伸ばそうとした手を宙に置いたまま全身の動きを止める。
途方に暮れたように自分の涙を袖で拭いながら、ルックは瞬いた。瞼が下ろされる拍子で、花びらが降るように涙が周囲に溶けていく。
僅かに開いた唇が、何か言葉を形作ったが、それは音としては届かなかった。
柄にもなく狼狽えて、セオは停止させていた手を伸ばし、華奢な肩を掴んだ。揺れた身体がそのまま倒れ込んできて、動揺して自分まで後ろに倒れそうになり、慌てて足に力を入れる。
名前を呼ぼうとして、発したはずの自分の声が流れないのに気づく。
――ああやっぱり、これは夢なのか。
舞台設定の不自然さが気になりながらも、安堵した。
そうだろう、夢でもなければ彼が泣くはずが、
そう思って見下ろすと、じっとこちらを見上げているルックと目が合った。蒼や碧の入り交じった、滅多に見かけないような色合いが浮かび、涙に潤んでいる。
その瞳が不意に和み、きつく噛まれていた唇が解け、弛む。
――ああやっぱり、これは夢なんだ…
淡く綻んだ口元を、信じられないものを見るような目で凝視しながら、セオは思った。
でなければ、彼が笑うはずが、
しかしそれでは、
――じゃあなんで、僕はこんな夢を見てるんだ…?
足下に立ちこめた白い靄が光を反射して輝いている。
急速に引き上げられていく意識を感じ、混乱を抱えたまま、セオは眩しい世界に別れを告げた。