連続短編小説   それゆけジャッカス
   その32    「ジャッカス、北北東に進路をとれ パート]T」

 
 

    6日目の夜、どこをどう走ったか思い出せない。  気が
   つくと、うっそうと茂る林の中で、犬のように丸くなって眠っ
   ていた。  隣には疲れ果てボロギレのようになった高部が
   倒れている。

    ポケットを探ると、くしゃくしゃになったハイライトが
   出てきた。  全身に負った、うち身と擦り傷の痛みに顔を
   しかめながらタバコをくわえる。  

    不意討ち。  まさにそれだった。  あれでは、いかに
   テッチャンでも避けられない。  横道から突然飛び出し
   てきたダンプカーに跳ね飛ばされ、テッチャンのセリカは
   崖下へとジャンプしていった。  慌てて急ブレーキを
   かけた岩本のギャランは、ダンプの荷台から投げつけ
   られた火炎瓶によって、たちまち炎に包まれた。

    小便をしに、車から降りていた俺と高部は、茫然と
   その光景を眺めていた。  1人、カリ―ナの中で俺達の
   帰りを待っていたオッチャンは、奴らに殴られ、そのまま
   車ごと連れて行かれちまった。

    車にいなかった俺達を探して、数人の男がこちらに向かっ
   てくる。 全員、手の中にずっしりと重く、黒光りしたものを
   握っている。  

    逃げた。  卑怯なやつ。  そんな思いが頭を掠める。
   高部。  置いてゆけない。  ここで見捨てれば、本当の
   卑怯者になってしまう。  背負った。  ずっしり重い。
   投げ出したい。  だめだ。  頭の中で声が飛び交う。
   
    銃声。  まだ遠い。  計算している自分に少し驚く。

    「うおぉー、 いくぞー」

    自分でも驚くような大きな声が出た。  まだ生きている、
   いや生きられる。  今の大声は高部にかけたのか、
   自分にかけたのか。  走っていた、全速力で走っていた。
   背中にしょっているのは高部なのか、自分の運命なのか。
   考えている暇はない、考える余裕もない。
   ただ走る。  それだけに集中した。 どこをどう走ったの
   か、やっとの思いで奴らを振り切った俺達は、そのまま
   林の中で眠ってしまっていた。

    3本目のタバコが灰になる頃、夕べ、俺達に起こった
   出来事を、よおやく思い出していた。

    いつかはこうなると分かってはいた。  ここまで来れ
   たのが不思議なくらいだ。  油断はしていなかった。
   いや、穏やかに続く北海道の日々に、いつしか自分たちの
   置かれている立場を忘れてはいなかったか?  後悔。
   もう遅い。  俺は次に何をやるべきかを考えた。

    いやというほど転びながら、俺はそこへたどり着いた。
   赤レンガを積み上げた壁。  人を拒絶するように
   そびえたつ門。  すぐ近くの木の下にうずくまる。
   カリ―ナはまだ見えない。  待った。  奴らはここへ
   オッチャンを連れてくるはずだ。  北海道で人を閉じ
   込めるにはここしかない。  眠りそうになる自分を
   叱咤しながら俺は待った。

    車。  間違いない。  止まった。  人が降りてくる。
   オッチャン。  奴らに抱きかかえられて降りてきた。
   飛び出す。  足元で土がはぜる音がする。  かまわ
   なかった。  体当たり。  よろけた男を蹴り飛ばし、
   オッチャンを抱える。

    やった。  成功だ。  あとは逃げればいい。 走る。
   一発の銃声。  頭の上にあった青空が足元にある。
   目の錯覚か?  違う、俺が倒れているのだ。

    遠くで誰かが叫んでいる。  俺の名を呼んでいる。
   目を開こうとしたが駄目だった。  また誰かが俺の
   名を叫ぶ。  体が動かない。  もう、ほおっておい
   てくれ。  そう叫ぼうとした時、突然、胸倉をつかまれた。

    「いつまで車で、居眠りしてんねん。
     網走に着いたで、
     はよ、見物しにいこ」

    車の外にテッチャンとオッチャンが立っている。 その
   後ろには赤レンガの壁と大きな門。   ジャッカス・コン
   ボイは網走刑務所に着いていた。

                  なんだ、夢だったのか。
 

             追記  北方謙三先生
                  無断で文体を
                  かりパチして、すみません。