傾国

舞台は黒

 人類が発祥した惑星を捨て、より多くの繁殖地を求めて旅立って久しい。
 育てられた銀河を制覇した彼らは、地球を蹂躙したように、宇宙を蹂躙せんとした。その波紋は、広大な宇宙にとっては蟻に喰われた程度のものでしかなかったが、侵略の先にいた先住の知的生命体にとっては、ただ迷惑な暴力だった。
 やがて、必然の理として星間戦争ははじまった。しかし、先住生命体の技術力、次元の異なる力に、人類は拮抗し得なかった。なぜなら、宇宙にも覇権争いを持ち込んだからだ。彼らは団結せず、時には外へ、時には内へと力を振るい、いたずらに命を消費し続けた。
 侵略は華々しいまでに失敗に終わり、銀河は火種を燻らせたまま、均衡を保っていた。
 やがて、多方向に無差別に爆発していた人類の攻撃は、一つに収束することとなった。ある帝国が誕生したためである。
 その国、神聖ブリタニア帝国は、二つの恒星と二十を越える植民惑星、その倍以上の資源惑星を抱える、人間宇宙最大の勢力となった。弱肉強食を旨とするその勢力圏は、人類の枠組みのうちでいまだ膨張を続けており、領域の端々で紛争が絶えない。

 そして時は第九十八代皇帝ルイツ・ラ・ブリタニアの御代、太陽宮が有する皇位継承者たちは百を超えている。
 そのうちにも、惰性で継承権を主張し続ける第一皇子、随一の辣腕家として知られる第二皇子、武人の誉れが高い第二皇女、芸術家気取りの暗愚とされる第三皇子、いずれも母の違う四人が、玉座の最も傍近くで皇位を争っていた。
 第一皇女はすでに亡く、第四皇子から続く幾人かは、皇位を争う四人におもねり、蹴落とされ、あるいは戦場に散った。継承権第八位につく第三皇女は、愛でられて地位を埋める第二皇女の掌中の珠であり、それ以下には、殺し合いと勢力争いに生き残った現皇帝の兄弟姉妹、庶出子の成り上がり、まだ幼い皇女たちが名ばかりを連ねる。
 ブリタニア帝国では、第十一位までが皇位継承権の有力者と見られ、様々な特権を甘受することができた。彼らは支持者たちとともに、その与えられた享楽を貪るが、同時に、常に皇帝から試される立場にあることになる。
 さて、皇歴二○一八年、その栄光ある階段の最下位にあった皇女が放り出され、一人の皇子が空けられた場所に足をかけた。庶出であったばかりに暗殺された皇妃を母に持ち、後ろ盾を失いつつもその手腕からかろうじて継承権第十七位を保っていた、第十一皇子だった。
 彼は帝国を憎んでいた。
 確実に階段を上がり始めた彼のその静かな反逆は、帝国とそれに属する宇宙を、大きなうねりに引きずり込むことになる。沈静したかに見えていた銀河は撹拌され、築き上げられていた巨大な楼閣は、火花とともに崩れ落ちていく運命を目前とした。
 しかしそれは未来の話である。今の彼はまだ、高位の継承権を持たない、一介の皇子に過ぎない。大切な人間と笑い合うだけの生活さえ守れずに立ちつくす、無力な少年でしかなかった。