傾国

STAGE 21 / Between the lines

ごめんねピザ

 リヴァルは呆然としていた。
「なんじゃこりゃ」
 木の頂上にはお化けのシーツのように、ピザの生地がかぶさっている。その柔らかさに端が垂れて行き、緑を覆い隠そうとしていた。それ以前に、分厚い膜の内側で、小枝が折れる音が響いているようだったが。
 汚れた部分をとれば、まだ食べられるかもしれない。しかし今やガニメデの両手は、もっと大切なもので塞がっている。救い出されず、やがてあの生地は地面につき、無惨な姿を晒すだろう。
 スザクには何度かガニメデに乗ってもらい、ある程度の練習はしていた。操作を教えるためにそれにつき合ったルルーシュに、こいつには失敗させることのほうが難しいんじゃないかと言わせた時点で、生地づくりに関しては心配いらないだろうと、高をくくっていた。ミレイにも、絶対成功させますからと、胸を張った。
 しかし、現実はどうだ。ピザはできあがる前から、こんな状態だ。しかもそれを、誰も気にしていない。
「…学園祭、だよな今日」
 悪い夢ではないだろうか。
 すぐ前で熱狂するイレヴンたちから身を隠すように、舞台の後方にリヴァルは退いていたが、その人垣の向こうに見える生徒たちの白けた表情が胸を刺した。それは学園祭に向けたものではないだろうが、今回下準備からもっとも働いていたリヴァルには、恐ろしい空気だ。
 イレヴンたちの歓声。一つ年下の第三皇女の笑顔は、きっと麗しいだろう。
 彼女の宣言には現実味がなく、リヴァルは判断をつけかねたが、もしかするとこれは、歴史に残る瞬間なのだろうか、と思う。学園祭の準備に追われていたため、しばらく社会情勢はチェックしていなかった。実は有名な話で、それをはじめて発表されたのがこの学園であったというならば、ピザに勝するような誇らしいことなのかもしれない。
 喜んでいるだろうかと、リヴァルはミレイの姿を探した。しかし、豪奢な金髪はどこにも見あたらなかった。彼女の笑顔を見つけられないことに、リヴァルは残念なのか安堵しているのかわからない、微妙な気持ちになる。
 次いで、興味の赴くままに、スザクの様子を知ろうとする。しかしもちろん、リヴァルの位置からでは、ガニメデに乗ったままのその表情は窺えなかった。
 では、とルルーシュを探す。実行委員長の、やけに人心を掌握するのがうまい彼が、この騒ぎに収集をつけてくれるだろうかと。だが、彼は準備期間と同様、どこかに雲隠れしているようだ。
 リヴァルは肩を落とす。
「どうすればいいんだよ、これ」
 途方に暮れて、リヴァルはしゃがみ込む。次はいったい誰を探せばいいのか迷い、きょろきょろと辺りを見回す。
 そのときふと、屋上に人影を見つけた。
 あり得ない鮮やかな髪色が、青空に映えている。女子生徒の制服は着ているが、おそらくは、学園祭の仮装でもしていたのだろう。
 その人物が見ているらしい方角は、ガニメデでも第三皇女ではなかったから、リヴァルには殊更に目立って見えた。立ち上がって目を凝らし、両手に持つ白く平たい陶器の正体を悟って、あ、と思う。
 きっと、楽しみにしてくれていた人だ。
 リヴァルの気分は沸き立ち、その一瞬後には、猛烈な罪悪感と怒りに冷まされた。
 ピザは、学園祭のメインイベントだったのだ。ミレイも楽しみにしていた。ルルーシュは莫迦らしいと呆れ、スザクはぽかんと口を開き、シャーリーは悲鳴を上げ、ニーナは苦笑していた。彼らの反応に同意しないでもなかったが、リヴァルは、このイベントに一番に力を注いだ。
 最後の学園祭だから派手に行きましょうとミレイが拳を握って、みんなで笑ったからだ。
 そんな宣言をしなくても、彼女はいつも、派手だった。そして、明るくて、朗らかで、頭がよくて、ユーモアセンスがあって、力強くて、優しくて、柔らかくて、寂しそうで、きれいで、とても好きで――
 リヴァルは一度、ガニメデの上の皇女を見上げる。桃色の髪が風に舞っているのに、それとまったく違う色彩を、リヴァルは不意に思い出す。水色のような銀色を持つ伯爵の、嫌味たらしい猫に似た笑みを。
「ごめんなさい、かいちょー…あとピザの人」
 でもって、ピザ。
 戯けるように呟くと、リヴァルは鼻を啜って俯いた。