傾国

STAGE 20 / Between the lines

顔も見ないで

 C.C.は腰を深く沈めた。
 操縦席のシートは固く、座り心地は悪い。これだから兵器など、と思う。その不快さは、研究所に囚われていたころのことを思い出させる。脳を直接揺さぶられた感覚が蘇り、C.C.は顔をしかめた。
 丹念に機器をなぞる指先を見て、ルルーシュが不審そうな声を投げてきた。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「黙っていろ。おまえよりはましだ」
 冷たく突っぱねると、ルルーシュは苛立たしげに舌打ちした。司令官でありながら、騎士団のうちで、もっとも多く機体を壊しているという自覚はあるのだろう。
 とはいえ、ナイトメアの操縦の腕は、さすがにC.C.も自信を持ちかねていた。彼女も経験したことのない、まだ若い技術である。長く生きていはしても、できることとできないことがあった。
 ゼロが、復座型のペアパイロットを指名したときの騒ぎを、C.C.は直接は知らない。しかし、扇をはじめ、幹部の面々からは、声をかけられた。曰く、ゼロを頼んだ、おまえで大丈夫なのか、ゼロを殺してはただではすみませんよ、愛人風情が。不信と嘲りに、C.C.はうんざりしていた。もっとも鬱陶しかったのは、ただ無言でじっと睨みつけてきた少女である。不満があるなら、自分で飼い主に噛みつけばいいものを。
 ゼロ、ルルーシュは別段、信頼性だの技量だのを考えたわけではないだろう。仮面を被ってナイトメアの操縦をすることは難しい――そして彼は、C.C.がナイトメアの操縦練習を強要されていたことを知っていた。渡りに船と思ったのだろう。
 しかし、C.C.が使っていたのは、余っていた無頼である。つまり、日本製で、サザーランド等との細かい相違点をわざわざつくり、模すことを避けているものだ。それをいきなり、ブリタニア製の、しかも最新鋭の機体を渡されても、勝手が違う。
 自分の経験からそれを知っているだろうに、気遣いの足りない男だと、C.C.は思う。
『ゼロ! 点検完了しました』
 無線に、ガウェインを取り囲む騎士団の技術スタッフからの声が届いた。
「ご苦労」
『暴風雨がまだ留まっています、ご注意を…』
「わかっている。機を見て出立する、おまえたちはもう下がっていろ」
 震えのない声で指示を出すと、ゼロは息をついた。
「C.C.」
「わかっている」
 呼ばれた名に答えて、レバーを握りしめる。
 ガウェインを擁する黒の騎士団のトレーラーは、本州の西端から少し奥まった市内に止まっている。下関にはブリタニア軍の基地がある。そこを避けて、少人数で待機していた現地の騎士団員のもとへ、ガウェインは不気味に降り立った。
 ゼロによって持ち帰られた機体を、ラクシャータは薄い笑みを貼り付けたまま、引け腰に、しかし丹念に調べ尽くした。自分の娘のほうが断然かわいいと鼻を鳴らしてから、彼女は二日で調査結果を出した。それによれば、ガウェインに付属しているフロートシステムは、持続時間が短いのが難点だということだった。
 そのため、ガウェインは、ブリタニア軍の警戒網を避けた近海まで潜水艇で移動し、沿岸から単独飛行で内陸へ向かい、要所でエナジーフィラーを交換するという方法をとった。長時間の操縦でC.C.の不機嫌が助長されたことを除けば、結果的にはそれは正解で、ステルスによってブリタニア軍に捕捉されることもなく――下界から、肉眼で確認した民間人くらいはいるかもしれない――、ガウェインは余力を持って作戦現場付近にあることができた。
 そして後は機を見て飛び立つだけとなった今、仮面を取り、ゼロでありながらルルーシュとしてそこにある一人の少年は、そわそわと肘掛けを指で叩いている。
 先ほどから拾っているブリタニア軍の無線には、聞き覚えのある声が混じっていた。それを聞きつけてから、彼は、それとなく予定時間を繰り上げ始めていた。拠点を用意して待っていた騎士団の構成員は、その素早さに驚いて、さすが手際が違う、とこぼしていた。だが、C.C.には、ルルーシュの考えなどわかりきっている。
 彼女にしてみれば、いったい何度下手を打てば気が済むのか、という気分だ。
 断続的に続き、だんだん速度を増していく衝突音にたまらなくなり、気負いと苛立ちを混ぜて吐き捨てた。
「おまえはまた、あれに振られに行くわけか」
「…違う」
 音が止まり、低い声が頭の上から降ってくる。あいにく、彼の顔は見えない。
「この事件に介入するには、あいつに干渉するのが一番近道だからだ。我々が行くより先に撃破されたら手間だろう」
「いつもあれのせいで失敗しているのにか?」
 く、とC.C.は喉を鳴らした。
「未練たらしい男だ…この服」
 ぴくりとルルーシュの纏う空気が震える。
 白い服の胸元をいじりながら、C.C.は首を巡らせ、視線を後ろへ流した。しかし、その僅かばかりの動きでは、そこには、黒い布に包まれた脚しか見えない。再び、すっと前を向く。
「おまえの組織は、黒の騎士団とかいうんじゃなかったのか?」
「…おまえは、あれに所属しているわけではないだろう」
「ほう? ただそれだけで、私はこの服を宛われたわけか。仲間はずれはさみしいな」
「…ほざけ」
 ルルーシュは、困惑の気配を滲ませたまま毒づくという、器用な真似をしてみせた。
 ガウェインの相棒を共犯者としたのは、彼の中では、必然に乗っ取った選択だったはずだ。しかし彼にしては珍しく読み違えたのか、騎士団内部からの反発は強かった。二人は日本人ではない。そして、ガウェインはブリタニア製だ。それを気にするものは多い。
 数度の模擬訓練で、C.C.がそれなりの成果を見せてからは、声は潜められた。しかし、ゼロの仮面に対する不信と同じに、消え去ったわけではないことを、誰もが知っている。ゼロにとっても、ルルーシュにとっても、頭痛の種だろう。
 C.C.は、彼がどんな顔をしているのかが気になり、振り返ろうとした。背を逸らせて腰を捻る。
「おい…」
「C.C.」
 しかしその表情を捉える前に呼びかけられ、中途半端な姿勢のまま止まり、眉を寄せる。
「なんだ」
「その服、似合っているぞ」
 ルルーシュの声は、いつもの憮然とした調子だった。
 C.C.は言葉に詰まり、仰ごうとしていた喉を元に戻す。そして親指を動かし、急発進した。奇妙な浮遊感の後、大きな力と揺れが、身体をシートに叩きつける。
 外にいた騎士団の構成員たちの一瞬の悲鳴を裏に、後方から鈍い衝突音と呻き声が聞こえ、彼女は小気味よく笑った。